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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)7894号 判決

原告 東洋不動産有限会社

右代表者代表取締役 ヴイーアール、ストーリー

右訴訟代理人弁護士 志立正臣

被告 有限会社ヂヨーヂスレストラン

右代表者代表取締役 佐藤敏子

右訴訟代理人弁護士 藤本猛

右訴訟復代理人弁護士 田中常治

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、且つ、昭和三五年九月一日から右明渡済まで一ヶ月金一五万円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決のうち、金員支払の点については仮に執行することが出来る。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が請求原因として主張する一、及び二の事実は当事者間に争いがない。

二、本件建物の賃料額につき争があるので先ずこの点を判断する。

(一)  昭和二九年七月分から同三〇年二月分までの賃料につき。

被告は本件家屋賃貸借契約締結に際し、原告とヂヨーヂエングラーとの間において、「賃料支払額合計が四〇〇万円に達したときは改めて賃料額につき協議をなしてこれを大巾に減額して合理的な額を定める」旨の特約が成立したと主張する。

而して成立に争いのない乙第一五号証には右主張に沿う記載があるけれども、成立に争なき甲第六号証及び証人橋本栄寿の証言、原告代表者ストーリーの本人尋問の結果に照らし、右乙第一五号証の右主張に沿う部分は、たやすく措信出来ないところであり、他に被告主張の特約を認めるに足りる証拠はない。

したがつて右特約の成立を前提とする被告の抗弁は採用出来ないものであり、前記期間の賃料額は当初の契約通り一ヶ月二五万円であると認めるを相当とする。

(二)  昭和三〇年六月分以後同三一年四月分までの賃料につき。

昭和三〇年三月一日、被告会社代理人ムレイ・スプラングと原告代表者ストーリーとの間に、昭和三〇年三月一日から同年五月三日まで、三ヶ月分の賃料につき、一ヶ月一五万円とし、右期限後の賃料については更に協議して定めるものとする旨の合意が成立したことについては当事者間に争いがない。

而して被告は右は三ヶ月間に限り暫定的に賃料額を一ヶ月一五万円と定めたに過ぎないもので、右期間後の賃料については更に協議して合理的な額を定めることになつていたにも拘らず協議が成立せず、賃料額が定まらないままとなつていたものであるから、被告は前記期間の賃料についてはいまだ支払義務の不履行がないものである、と主張する。

しかし、証人橋本栄寿の証言、原告代表者ストーリーの本人尋問の結果、及び乙第三、及び一五号証、甲第一号証、ならびに、被告が右三ヶ月の期間経過後もひきつづき五ヶ月間にわたり、賃料一五万円の支払をつづけていた事実(この事実は当事者間に争いがないものである)を綜合して、ストーリーとスプラングとの間になされた前記契約を合理的に解釈すると、右契約は「もし、三ヶ月の期間が経過しても賃料額についての協議が成立しない場合には、協議が成立するまでの期間は、従前通り、一ヶ月一五万円の賃料を支払うものとする」という趣旨であつたと認めるを相当とし被告主張の如く賃料額についての協議が成立するまでの間は賃料額は未定のままであるという趣旨であつたとはとうてい認められないものである。

よつて右の点に関する被告の主張は理由がなく、右期間の賃料は一ヶ月一五万円であると認めるを相当とする。

(三)  昭和三一年五月分以後同三五年八月分までの賃料につき。

被告は、昭和三一年五月頃原告代表者ストーリーと被告会社支配人ビンガムとの間に、「本件建物の賃料は被告会社総売上高の五%に相当する金額とし、右金額が一〇万円に満たざるときは一〇万円とする」旨の合意がなされたものであると主張する。

しかして乙第一五号証には右主張を肯定する記載が認められるけれども原告代表者ストーリーの本人尋問の結果に照らし容易にこれを措信出来ず、他に右特約の存在を認めるに足る証拠はないものであるから、右の点に関する被告の主張は、理由がないものである。

(四)  結局、本件建物の賃料額は、昭和三〇年二月分までは一ヶ月金二五万円、同年三月分以後は一ヶ月金一五万円であると認めるを相当とする。

三、而して被告は、昭和二九年七月分から同三〇年二月分までの賃料として一〇万円しか支払つていないこと、同三〇年一一月分以後同三五年八月分までは別表(一)記載の如き支払をしていたことについては当事者間に争いがないものであるから、(右支払の充当関係については被告は明かに争わないのでこれを自白したものとみなす)被告は後記昭和三五年八月一六日付催告の書面到達の当時、昭和二九年七月分から同三〇年二月分までの賃料につき一九〇万円、同三〇年一一月分から同三五年八月分までの賃料については三、二九五、三九八円の未払分を有していたことは明らかである。(其の後昭和三五年九月一二日、右賃料につき、被告は一〇万円の支払をなした(このことは当事者間に争いがない)ので、前記未払賃料額は三、一九五、三九八円となつたものと認められる。)

四、而して、原告が昭和三五年八月一六日書面により右未払賃料の支払を催告し、同年八月三一日までに支払なき場合は、同日をもつて本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は即日被告に到達したにも拘らず、被告は右期限までに前記未払賃料の支払をなさなかつた(以上の事実は、当事者間に争いがない)ものであるから原、被告間の本件賃貸借契約は昭和三五年八月三一日、解除により終了したものと認めるを相当とする。

五、そこで被告の相殺の抗弁につき判断する。

被告が本訴口頭弁論期日(昭和三六年七月一三日)に於て、被告に対し本件家屋の造作買取の請求ならびに有益費の償還請求の意思表示をなし、右債権三、二五三、〇一九円と、原告の賃料債権とをその対等額において相殺する旨の意思表示をなしたことは当裁判所に顕著な事実である。

而して、成立に争のない甲第六号証、乙第三および一五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四ないし一四号証、ならびに証人橋本栄寿の証言に弁論の全趣旨を綜合すると、

被告は、昭和二八年二月頃から四月頃に亘つて原告の同意を得て、当時下宿屋風であつた本件建物に大改造を加え被告主張のとおり別表(二)記載の如き費用、合計五、六七六、一〇〇円を費して同表記載の如き改造及び造作をなしたため本件建物は面目を一新し立派な西洋風のレストランとなつたものであることを確認することが出来る。しかして、本件賃貸借契約終了の時における右造作の時価、及び改造により増加した現存価値の合計額は、少なくとも、被告主張のように前記改造、造作に費した費用、五、六七六、一〇〇円を法定の償却方法により償却して計算した額三、二五三、〇一九円を下らないものと認めるのが相当である。

原告は、借家法第五条は、賃借人の債務不履行によつて賃貸借契約が終了した場合には、適用がないものであると主張するのでこの点につき判断するに、

借家法第五条に規定する造作買取請求権の制度は、有益費償還請求権の趣旨を進展させたものであつて、一方において賃借人に対し、賃借建物に投下した費用を回収する便益を与えて、賃借人の利益を保護するとともに、他方、建物の客観的利用価値を増加させている造作を、とりはづすことによつて生ずる社会経済的な損失を防ぎ、契約終了後に賃貸人の下に残存している不当な利得を返還させることに意議があるものと解される。

かかる制度の趣旨、ならびに、有益費償還請求権については、賃貸借契約の終了原因を問わずに認められていることとの権衡、又、造作買取請求権は、賃貸人の同意を得て附着されたものに限り認められるものであるから、賃借人の債務不履行による解除によつて終了した場合にこれを認めても賃貸人に不当な不利益を負わせるものではないこと、などを併せ考えると、賃借人の債務不履行によつて賃貸借契約が終了した場合にも、借家法第五条の適用があるものと解するを相当とする。

更に原告は、本件賃貸借契約締結に際し、改造費、其の他一切の有益費用はすべて賃借人の負担とし、契約終了の際、その償還請求をなさず、改造部分は、そのまま賃貸人の所有に帰す旨の特約がなされ、右特約により被告はあらかじめ、造作買取請求権及び有益費用償還請求権を放棄したものであるから、被告には右請求権はないものである、と主張する。

しかして、甲第六号証には右主張に沿う記載があることが認められ、右記載から、契約締結に際し原告主張の如き特約がなされたものと推認することが出来る。

しかし借家人が未だ、買取請求権又は有益償還請求権を取得しない以前に、あらかじめ、これをすべて放棄する右特約の如きは、特段の事情の認められない本件に於ては借家法第五条の趣旨に反し、借家人に不利益なものであるから同法第六条により、無効なものと解するを相当とする。したがつて右の点に関する原告の主張は理由がないものである。

よつて、被告は原告に対し造作買取代金債権および、有益費用償還請求権あわせて三、二五三、〇一九円の債権を有するものであり、右債権と原告の賃料債権三、一九五、三九八円は、その対等額において相殺されたものというべきである。

六、結局、被告は原告に対し本件建物を明渡し且つ右賃貸借終了の日の翌日である昭和三五年九月一日から右建物明渡に至るまで、一ヶ月金一五万円の割合による賃料相当額の損害金を支払う義務があるので右義務の履行を請求する限度で原告の請求は理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一)

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